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周りからは「大企業で設計をやっていてすごいね」「安泰だし、もったいない」と言われる。だけど、現場のリアルはそんなに華やかなものではないですよね。

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「毎日迫り来る納期と終わらない図面、深夜残業は当たり前」
「社内の足の引っ張り合いや調整ばかりで、技術に集中できない」
「40歳という大台を目前に、この激務をあと20年も続けるなんて絶対に無理だ…」

今、そんな風に胃を痛めながら、ベッドの中でこのブログにたどり着いたのではないでしょうか。

結論から言います。
40手前で大企業の看板を捨てることは、決して「キャリアダウン」ではありません。自分の人生を取り戻すための、攻めの再設計です。

実際に激務で限界を迎え、大企業を退職した元・機械設計エンジニアの私が、その生々しいリアルをすべてお話しします。


1. 大企業の機械設計が「しんどい」と感じる3つの本質的な原因

私が「もう限界だ、辞めたい」と毎日すり減っていた原因は、大きく分けて3つありました。

① 技術に関係のない「社内政治と足の引っ張り合い」

本来、設計者の仕事は「良い製品を作るため」に頭を悩ませるべきです。しかし大企業では、どこの部署の誰に根回しをするか、責任の押し付け合いでどう自衛するかといった「社内政治」に膨大なエネルギーを消費します。社内でのディフェンスばかりに追われ、心底嫌気がさしていました。

② 終わらない「会議」と、そのための「資料作成」

設計室にいる時間よりも、会議室にいる時間や、上層部への報告資料を作っている時間の方が圧倒的に長い。これが大企業設計者のリアルです。たった1つの部品の仕様を決めるために何段階もの承認ステップがあり、そのたびにパワポの資料をミリ単位で修正する日々。何のために設計者になったのか分からなくなっていました。

③ 慢性的な「残業時間の多さ」

昼間は会議と社内調整で丸潰れになるため、自分の本来の業務(図面を引く、計算を回すなど)ができるのは、定時が過ぎて周囲が静かになってからでした。結果として毎月の残業時間は膨れ上がり、休日は平日の疲労を回復させるためだけに泥のように眠る生活。

40歳という人生の大きな節目を目前に控えたとき、「この生活を、定年までの残り20数年間も続けるのは肉体的にも精神的にも絶対に無理だ。今動かなければ、一生このままだ」と確信しました。


2. 37歳で大企業を退職。しかし、待っていたのは「2年半の無職期間」

そうして私は37歳のとき、限界を迎えて大企業を退職しました。

ですが、そこからすぐにスマートな転職ができたわけではありません。実はその後、37歳から39歳までの2年半、私は「無職(ブランク期間)」を過ごすことになります。

世間一般の転職ノウハウ本を見れば、「30代後半での2年半の空白期間は致命傷」「もうまともな転職は無理」と書かれているような絶望的な状況です。

しかし、40歳手前でその大きなブランクを乗り越え、私は今、機械設計エンジニアとして「毎日定時退社できるホワイトな環境」を取り戻すことができました。

あのとき大企業の看板を捨てて人生を再設計したことは、私の人生において最高の選択だったと断言できます。


3. 2年半の無職期間、私は何を考えていたのか?

「37歳〜39歳までの2年半、無職の期間に何を考えていたのか?」
「そこからの復帰で、なぜあえて年収を下げる選択をしたのか?」

その生々しい空白期間のリアルと、絶望から這い上がって「心の余白」を手に入れた戦略については、こちらの記事にすべて書き尽くしています。

👇こちらの記事に続く
40代で定時帰りを手に入れた私が、昔住んでいた街をただ「ノスタルジー散歩」してみた結果

同じようにブランクや年齢、年収ダウンへの恐怖で悩んでいる方は、ぜひ私の実験記録を読んでみてください。あなたの心が少しでも軽くなるヒントが見つかるはずです。

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